日本人は年に3回宗教に目覚める?
「日本人は3回宗教に目覚める」と言われます。
お正月は神社にお参り、お盆はこぞって帰省してお墓参り、そして12月はクリスマス。神道、仏教、キリスト教ごちゃまぜで、節操のないそんな日本人の姿を揶揄した言葉ですね。
確かに、特定の宗教を信じている人は少なく、ふだんはむしろ「無宗教」と自覚している人がほとんどじゃないかと思えるような日本人だけど、
見方を変えると、「無宗教」とは言いつつも、みんな心のなかでは、目に見えないものを敬う気持ちというか、人間の力を超えたものを畏れる気持ちとか、そんな気持ちをしっかり持っているのが日本人なんじゃないかと思います。
新しい年の始まりにはやはり神社へ行って手を合わせたくなるし、お盆にはお墓参りをして先祖に手を合わせたくなる、それはとっても自然な日本人としての感覚だと思うのです。
スピリチュアルがいまブームですけど、それは何か特別なものではなくて、もともと日本人が持っている目に見えないものにたいする感覚、それは宗教感覚と言っていいのかもしれませんが、それが土台になっているのでしょうね。
2007年8月14日|コメント (0)|トラックバック (0)
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ネット起業家とスピリチュアル?
菅野一勢さんをはじめ、インターネットビジネスで多くの成功者を輩出されたコンサルタントの平賀正彦さんが、新刊を出されました。
書店でパラパラっと手にとってみると・・・、
最後のほうに、ネットビジネスで成功する人に共通するものとしてとても興味深いことが書かれていました。
「ネットビジネスで成功する人に共通するもの・・・」それは、
※スピード 行動が速い
※素直
※朝、異常に早起き
※神社に定期的に参拝している
※1日30分瞑想の習慣をもっている
など。
なぜだか、ネット起業家には、スピリチュアルや自己啓発といったものに関心がある人が多いようなのです。
みんなで金運神社にお参りとか聞きますし、早起きの人が多いのも聞いたことがあります。
確かに、ひとつのアイデアがもとになってビジネスが生まれると考えると、「アイデア」がひらめくというのは、インスピレーションというか、答えが「ふっ」と浮かんでくるようなものですよね。
種が上から「ポン」って落ちてくるような感覚。それってとてもスピリチュアルな話ではないかと思います。
時代の最先端を行っているようなネット起業家と、スピリチュアルの関係。とても興味深いですね。
2007年7月20日|コメント (0)|トラックバック (0)
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自殺という病
佐々木信幸さんの「自殺という病」という本を読みました。
佐々木信幸さんとは、別名樺沢紫苑さん、シカゴ発精神医学などのメルマガで有名な方です。
自殺がどれほど周りの人々に深い傷を与えるか、そして新たな自殺を招く悪循環に陥るかがわかりやすい言葉で書かれていて、「自殺」を防ぎたい、減らしたい、という思いが痛いほど伝わってきました。
スピリチュアルな観点から見ても、自殺は自分の人生修行を放棄することになるので最大の罪だ、自殺したからといって苦しみは終わらない、むしろ同じ苦しみがより鋭敏に未来永劫続くのだから、それはまさに地獄の底での苦しみだ・・・、そんな話を聞いたことがあります。
この世がすべてではない、魂は永遠に生きる、そのことを知るだけでも自殺の予防になると思います。
いじめ自殺も問題になりました。
江原さんは「子どものいじめということが言われるが、いじめは大人社会にもある。会社にも地域社会にもある。大人にあるのに、こどもに『いじめはいけない』と言っても通じない。つまり、魂が迷っているのだ。目的を見失ってしまってる。生きる目的を見失ってしまっている。」
そんなことをおっしゃっていましたね。
2007年5月16日|コメント (0)|トラックバック (0)
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スピリチュアルと日本人
今日久しぶりに書店に行くと、「スピリチュアルと日本人」という雑誌の表紙のタイトルが目につきました。
手に取ってみると、大きな江原啓之さんの顔が・・・。Newsweek日本版でした。
江原啓之さんとスピリチュアルの特集だったんですね。
以下は参考までに公式サイトより。
スピリチュアルの本場、英国の記者の取材でした。「江原啓之はもはや一つの産業だ」なんて表現もありましたが、記者が日本のスピリチュアルブームを見て一番感じたのは、「日本人の心はこんなにも渇いているのか・・・!?」ということだったようです。
たしかに・・・。
2007年5月13日|コメント (0)|トラックバック (0)
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霊の発見 五木寛之さんの本
連休を利用して、1年ぶりで九州に帰省しました。
家族全員で帰ったのは3年ぶりくらいになります。
ふと、家に置いてあった本に目がとまりました。五木寛之さんの本です。父親が「青春の門」以来のファンなので本棚にはずらりと五木寛之さんの本が並んでいますが、そのタイトルに目を引かれて手に取ってみました。
「霊の発見」です。五木寛之さんが、スピリチュアルブームに真摯に向き合っておられます。背後霊、守護霊、といわれる背後に何があるのか?とか、日本人の心の奥にあるものとか。ただ批判的、否定的ではなく五木寛之さんらしく純粋に向き合っておられて、とても好感を持ちました。
2007年5月 1日|コメント (0)|トラックバック (0)
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丹波哲郎さんと江原啓之さん
丹波哲郎さん大霊界へ ということで、丹波哲郎さんが亡くなられたときのことをブログに書きましたが、
何と!
丹波哲郎さんは、江原啓之さんのところへもちゃんとご挨拶に行かれたそうですね。
そして、
江原さんは、お通夜の場で、「きょうも丹波哲朗さんはいらっしゃいますよ。お棺をいすにしてニコニコして座っていらっしゃいます」みたいなことを証言されたそうです。
いや~、生々しいですね。
ほんとうに、霊界ってあるんだな~、人間って死んで終わりじゃないんだな~って、いまさらながらに実感させられる話ですね。
とすれば、あながち人生の死といっても、悲しむばかりじゃないということで、
よくよく考えると、人生観がひっくりかえるような話です。
2006年11月26日|コメント (0)|トラックバック (0)
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丹波哲郎さん、大霊界へ【江原さん@スピリチュアル・カウンセラー】
丹波哲郎さんが亡くなられていたんですね。一連のニュースをみてやっと知りました。気づくのが1週間ほど遅れてしまいました。
葬儀のニュースを見ると、西田敏行さんや黒柳徹子さんらのエピソードに笑顔と爆笑で見送られたということで、すばらしいなと感動しました。
今でさえ江原啓之さんらの活躍で、「スピリチュアル」という言葉が日常的に語られるようになり、霊界の話も自然な感じになったけど、それまでは「霊界」というと、なんだか怪しげでおどろおどろしいイメージもあったと思う。
でもそんな頃から霊界(スピリチュアル・ワールド)の実在を証言され、活躍されていた丹波哲郎さんには敬意を感じます。
丹波哲郎さんの言われるごとく、まさに大霊界への出発。この世の死というのは、次の世、霊界への旅立ちですからね。
2006年10月 3日|コメント (0)|トラックバック (0)
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大川隆法さん、あの人は今・・・?
いま、江原啓之さんをはじめとして、スピリチュアルがブームですが、
スピリチュアルと言うと、私が思い出す人がいます。
幸福の科学の大川隆法さんです。
15~6年前でしょうか?
若い人は知らない方も多いでしょうが、
一時、霊界ものの、けっこうなブームがあったんです。
大川隆法さんが霊界の人と通信する「チャネリング」が、1年間の流行語大賞になったこともありました。
私ずいぶん書籍を読みましたよ。東大卒の元エリート商社マンが宗教家になるというのがおもしろかったです。それで感想を送ったりもしました。(半分賛同、半分批判)
それで、幸福の科学の方が何度も来られて、かなり熱心に勧誘されたのを覚えてます。
私もおもしろくて、いろいろ話をしました。いつも本をプレゼントしてくれました。
真理学習の会というころは良さそうでしたが、ある時から、完全な自己満足、自画自賛ばかりになって、読めば気分が悪くなってしまいました。
あのころ熱心に活動されてた方は、今でもやってるのでしょうか?
最近は大川隆法さんといったら、ブックオフの100円コーナーで、ずらりと並んでいるのを見るくらいですね。
皆さん何かご存じですか?
2006年5月31日|コメント (0)|トラックバック (0)
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麻原彰晃 裁判のニュース
江原啓之さんらの人気もあり、最近スピリチュアルなことが一種のブームになってます。
このブログももちろんそういうブームにあやかって(?)始めたものだけど、一つよく理解しないといけないことがあります。
「霊が見える」「霊の存在を感じる」「霊の声が聞こえる」
これは決して特別なことではないということ。誰にでもある運動能力の一種で、それが敏感な人とそうでない人がいるだけの違いだということです。
何が言いたいかというと、霊が見えるだけでその人がすばらしい、偉いという訳ではないのです。
霊能力と人格は別物だということ。
霊的能力が敏感であっても、人格が異常な人もいます。麻原彰晃、オウム真理教の松本智津夫被告が、死刑が確定しそうだというニュースを見てそう思いました。
彼も確かに霊的には敏感な人なんだと思います。一つの教団をつくり率いたぐらいですから。
江原啓之さんの人気も、その霊的能力のみならず、人柄、人格的な部分が大きいんだと思います。その語り口、表情、やさしいアドバイスには彼の人格がにじみ出ていますよね。
ただ、江原啓之さんも私たちと同じ、いち人間であることに違いはありません。神様のように持ち上げるのもどうかと思います。
2006年3月29日|コメント (0)|トラックバック (0)
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